消費者金融と銀行
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あなたさえも知らない、本当の自分と未来に出会うために、
時に雨に打たれながら、時に星空を見上げながら、歩いていこう・・・
そんなあなたを見て、必ずその後について来る人がいるから。
その後に、誰も知らなかった新しい道ができているから。



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東日本大震災が起こったあの日 【3】 


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「 暗すぎて今まで見たことないくらい
   星が綺麗だよ
    仙台のみんな、上を向くんだ 」


                    Twitterより



私の職場である特別養護老人ホームには、
被災した時、ライフラインが断たれた時のため、
食料と水、炊き出しをするための機材などが、
備蓄されていました。

近隣の住民が一部避難を求めてきた時のためにも、
準備をしていました。

しかし、

今回のこの地震は私たちの想像をはるかに超えていたのです。

食料も水もせいぜい3、4日分ほどしかありません。
ストーブに使用する灯油も多くは備蓄していません。

施設には、130人の利用者がいて、
働いているスタッフの食料、水も考えなくてはなりません。

ざっと150人以上の食料を提供していかなくてはならず、
その食料を外部からすぐに調達するのは、極めて困難でした。
また、どこからも救援物資が届きません。


施設では、まず食料をできるだけ長く持たせるために、
一日2食とし、水も生命を維持できるギリギリの摂取量で
提供していくことを選択しなければなりませんでした。

1食が小さな紙コップにわずかなお粥と
その上に非常食のおかずを載せたものです。

暖房も電気の明かりもなく、
皆、空腹と寒さ、不安に耐えていました。

施設利用者の中には、障害を抱えている方、
認知症の方も多くいます。

認知症の方の中には、
地震が起こってすぐに、あの大地震のことなど
すっかり忘れてしまっている方も多くいました。

そんな方の中には、

「なんでこれしかご飯を出さないの!どうなっているの!」
「どうして水がないの?」


と怒りだしたり、不穏になる利用者の方も
何人かいました。

私たち職員も、返す言葉に困ってしまいます。


3日も過ぎると、
ガソリン不足も深刻になってきます。

職員は9割以上、自家用車で通勤しています。
このままだと、少なくとも遠方の職員は出勤できなくなります。

しかし、

どこのガソリンスタンドも営業していません。
たまにスタンドが開くと、1キロ以上の車の列ができ、
12時間以上並んでわずか20リッターしか
手に入らない状況です。
ひどいと、何時間も並んで、「売り切れました」と言われ、
購入できない人もいます。

食料も同様で、
小さなスーパーには何時間も前から、
何百人も並んで、パン1個とバナナ数本しか
手に入らなかった、といった状態です。

真冬並みの寒さの中、
その異常な街の光景は、
よけいに住民の不安をあおっていきます。

明日の食料、水、燃料を手に入れるために、
皆できることは何でもしていきました。



沿岸部の被災地では、もっと過酷です。

逆さになった壊れた車から
穴を開けてガソリンを抜き出しました。

流され倒壊した家屋の中から、
泥だらけの食べ物を見つけ、
洗って皆の食料にしています。


そんな時、

電気の明かりが全くないある夜、
私はふと空を見上げました。
今まで空を見上げる心の余裕がなかったのですが、

天を仰いだとき・・・

満天の星が漆黒の闇の中、信じられないほど輝いていました。

天空の真ん中には、オリオン座が仙台を見下ろしていました。
何の明かりもない、真っ暗闇の仙台を頭上から
静かに、力強く見下ろしていました。
これほどキレイな星空は見たことがありません。


「 暗すぎて今まで見たことないくらい
   星がきれいだよ
    仙台のみんな、上を向くんだ 」

                    Twitterより



被災された多くの皆さん、
救援の手を差し伸べてくれた多くの皆さん、
共に上を向いて進んでいこう!

何があろうとも、進んでいくことでしか。
これからの人生は切り開いていけない。


ここで、日刊スポーツより記事を紹介します↓


黙って大阪におられへん! 大阪市内で移動型自転車修理店「新北島サイクル」を営む衛藤典雄さん(66)が19日、小型車で約16時間かけ、避難所となっている仙台市若林区の七郷小学校まで到着した。さっそく無料で自転車やバイクのパンク修理、車いすの修理を引き受け、被災者たちを元気づけた。

 いてもたってもいられなかった。大阪から徹夜で運転し、1人で仙台に駆けつけた。衛藤さんは、約1200人の被災者が身を寄せる七郷小学校に到着すると、車から修理道具を取り出し、通りがかる人々に次々と声をかけ始めた。

 「大阪からパンクの修理にきたで~。自転車おかしかったら、持っておいでや~。大阪やって皆のこと応援してるんやで~」。

 衛藤さんは18日に地元警察署で緊急車両の許可証をもらい、夜10時半に大阪市住之江区の自宅を出発。夜通しで北陸道を新潟まで北上。その後は一般道で山形を経由し、19日午後2時半に仙台に到着した。「家族は少し心配していたけど、テレビで報道を見ていて、助けにいかなきゃと思った。大阪を出てから一睡もしてないけど、大丈夫や」。

 ガス欠を心配し、高速道路ではサービスエリアを通るたびに給油を繰り返した。その数10回。食事もおにぎり2個だけで、ひたすら走り続けた。到着後、校内放送で修理車の到着が伝えられ、パンクした自転車を持った被災者が次々と姿を見せた。「夜も車で寝るから大丈夫。皆には迷惑はかけへんで」と笑った。

 衛藤さんは30年ほど前から、大阪で移動自転車修理業を営んできた。自身も阪神大震災の経験者。幸い、大きな被害はなかったが、その時は自転車のパンクで困っている人がいることを知らず、応援に駆けつけることができなかったことをずっと後悔していた。

 「今度同じようなことが起こったら、絶対に助けに行こうと思ってたんや。車いすも壊れていると聞いていたし、介護の人の疲れも限界にきているしな」。

 修理を終えて、被災者からお礼を言われると「将来、あの時大阪からあんなおっちゃん来てたなあって、思い出してくれたらそれでいいんや。みんな頑張るんやで」と、屈託のない笑顔を見せた。衛藤さんは若林区内の被災地を中心にして、今後も25日まで各避難所をできる限り回る。1人でも多くの人のために-。大阪のおっちゃんは真っ黒な手で、休むことなく無償で修理を続けていく。【福岡吉央】

                      3月20日 日刊スポーツ紙面より



私たちは、決して一人ではない。
皆が、一人一人ができることはなにか、
悩みながらも、間違えながらも常に行動していきたい。

みんな! 「大阪のおっちゃん」に続け!



次回に続きます。



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カテゴリ: 東日本大震災が起こったあの日、私は・・・

テーマ: 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~ - ジャンル: その他

« 東日本大震災が起こったあの日 【4】  |  東日本大震災が起こったあの日 【2】 »

この記事に対するコメント

こんばんは、言蔵さん^^

お邪魔します。

>何があろうとも、進んでいくことでしか。
>これからの人生は切り開いていけない。

言蔵さんや大阪の衛藤さんは、この状況下でオリオン座の様な綺羅星です。
二人とも共通して、自分の人生を力強く切り開いておられる…!

オリオン座だけではない。
太陽も、月も、二人に微笑みかけてくれているはずです!

応援しています!!


>明日の食料、水、燃料を手に入れるために、
>皆できることは何でもしていきました。

この2行に集約されていますが、
大変なご苦労をなさったのでしょうね…;;
食糧、水、燃料の一つでも欠けたら「行動限界点」に達してしまう。
其の後の補給の保証も無い…

>将来、あの時大阪からあんなおっちゃん来てたなあって、思い出してくれたらそれでいいんや。

本当に心が温かい人です。こういう方は国の宝です。
救って貰った人は、誰も、絶対に、衛藤さんの事を忘れますまい。
「自分の出来ることをする」簡単なことではありません。
現在原発で頑張っている人々も同じ志でしょう。

儒侠の瓠洲 #- | URL
2011/03/21 22:35 * 編集 *

Re: こんばんは、言蔵さん^^

いつもコメントありがとうございます(^^)
どうも言蔵です。

> 言蔵さんや大阪の衛藤さんは、この状況下でオリオン座の様な綺羅星です。
> 二人とも共通して、自分の人生を力強く切り開いておられる…!

私は安全な場所に避難できましたし、
沿岸部の方々と比べれば、
その苦労、心労は比べ物になりません。

大阪の衛藤さんのような方こそ、
本当に未来を切り開いていく、
勇気と行動力を持った日本の宝です。

少し辛口になりますが、
テレビ番組などを見ると、
政府の対応や、原発や(東電)の批判等に精を出して、
生き生きとしている評論家、解説委員などがたまにいますが、
私としては言語道断!

今この時に、飢えて死にゆこうとする人が入る時に、
温かく、ぬくぬくとしたところにいて、
言葉で言いたいことだけを言って、
批判だけで、何も行動しない人物がいることに
大変憤慨するのです。

そういった意味で、
この大阪の衛藤さんの気持ちと行動は、
私にとって最も輝いて見えたのです。

> >明日の食料、水、燃料を手に入れるために、
> >皆できることは何でもしていきました。
>
> この2行に集約されていますが、
> 大変なご苦労をなさったのでしょうね…;;
> 食糧、水、燃料の一つでも欠けたら「行動限界点」に達してしまう。
> 其の後の補給の保証も無い…

私は仙台市全体から見れば、沿岸部に近いところに住んでいましたが、
津波の被害は到達しませんでした。

ガソリンを壊れた車から抜き取った、
泥から食料を見つけ洗って食べた、
この体験は私の知人から聞いた実話です。

>将来、あの時大阪からあんなおっちゃん来てたなあって、思い出してくれたらそれでいいんや。
>
> 本当に心が温かい人です。こういう方は国の宝です。
> 救って貰った人は、誰も、絶対に、衛藤さんの事を忘れますまい。
> 「自分の出来ることをする」簡単なことではありません。
> 現在原発で頑張っている人々も同じ志でしょう。

本当にその通りです。

原発で、災害の復旧で、本当につらい思いで
頑張っている人がいる。
私はその方々に、頭が下がる思いです。
本当に感謝です。それしか言えません。

記事まで引用、トラックバックまでしていただき
本当にありがとうございました!

私も微力ながら、頑張っていきたいと思っています。

よろしくお願いいたします(^^)/

言蔵(ゲンゾウ) #- | URL
2011/03/22 14:06 * 編集 *

大阪の衛藤さんの記事を読んで、泣けてきました。
こういう方がいらっしゃるということに、勇気や希望を見いだせますね。
人の痛みを自分の痛みとして感じることのできる方なのですね。
なかなか出来ないことだと思います。


>天を仰いだとき・・・
 満天の星が漆黒の闇の中、信じられないほど輝いていました。

フランクルの「夜と霧」の中で、
収容所生活で、空を見上げた仲間の一人が
「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と言った場面があるのですが、そのことを思い出しました。

とても大変な状態においても、希望というのか、一筋の光でもいい、そういうものを見いだせることに、心を打たれます。
希望を失わない者の強さなのでしょうね。

ちっぽけなものかもしれませんが、お祈りしています。

愛希穂 #- | URL
2011/03/22 19:03 * 編集 *

Re: タイトルなし

愛希穂さん、いつもコメントご訪問ありがとうございます!

> 大阪の衛藤さんの記事を読んで、泣けてきました。
> こういう方がいらっしゃるということに、勇気や希望を見いだせますね。
> 人の痛みを自分の痛みとして感じることのできる方なのですね。
> なかなか出来ないことだと思います。

本当ですね。
行動に移すこと、その尊さを私も学びました。
どんなん時も、彼のように生きたいと思いました。

> とても大変な状態においても、希望というのか、一筋の光でもいい、そういうものを見いだせることに、心を打たれます。
> 希望を失わない者の強さなのでしょうね。

ありがとうございます。
どちらかというと、精神的に肉体的に疲れ果てていた時に、
あまりにも美しい物を見たので、
感動もとても大きかったのかなと思っています。

人は不思議です。
その時の心の向き、状態によって、
見えるものと、見えないものがあるのですねー。

応援、コメントありがとうございました(^^)

言蔵(ゲンゾウ) #- | URL
2011/03/23 01:16 * 編集 *

「何があろうとも、進んでいくことでしか。これからの人生は切り開いていけない。」なんという力強い言葉!被災していない人はとてもこう言えない。あまりにおこがましくて、ここまで言い切れない。

それが、ここで、この言葉。被災した人からのこの言葉に心をブンブン振られる。ありがとうございます。心置きなく支援できます。

バナーはもちろん使ってください。私もいただきものですし。逆にこちらのことをブログに載せても良いですか?(と、返事を待つ前に載せてしまうと思いますが・・・)

ミリわん #r.rF7prM | URL
2011/03/23 12:04 * 編集 *

ミリわんさん。ありがとうございます。

> 「何があろうとも、進んでいくことでしか。これからの人生は切り開いていけない。」なんという力強い言葉!被災していない人はとてもこう言えない。あまりにおこがましくて、ここまで言い切れない。

ありがとうございます。
恥ずかしげもなく、こんな言葉が出てしまいます^^;
私など、命が助かり、住むところもあって、
信じられない幸せ者だと思っています。

> それが、ここで、この言葉。被災した人からのこの言葉に心をブンブン振られる。ありがとうございます。心置きなく支援できます。

涙が出ます。ありがとうございます。

> バナーはもちろん使ってください。私もいただきものですし。逆にこちらのことをブログに載せても良いですか?(と、返事を待つ前に載せてしまうと思いますが・・・)

私ごときの記事でよければ、
どうぞ引用してください。

少しでも多くの人々に、
この悲劇の中にありながら、
人の心の力、人間の底力が、
とても素晴らしいことを伝えていければと思っています。

ミリわんさん本当にありがとうございます(^^)/

これからもちょくちょくお邪魔しますね。
よろしくお願いいたします。

言蔵(ゲンゾウ) #- | URL
2011/03/23 17:05 * 編集 *

初めまして。

ちぃさん、ミリわんさんのところから来ました。
このたびの震災のお見舞いを申し上げます。
ホームの方にお怪我はなかったでしょうか。認知症の方が、地震のことを忘れてしまうという話、ある意味では幸せなことかもしれませんね。

私も阪神大震災を宝塚市で経験しました。
水道が止まってしまったのに、ある日道路の割れ目から水が噴き出していました。
近所の人達にも知らせて、みんなでお鍋に汲みました。
でも・・・すぐに市の水道局の人が来て、穴をふさいでしまったんです。(涙)

それから水が復旧するまで1カ月半かかりました。
その間助けてくださったのが、仙台市水道局の給水車です。遠くから本当にありがたいと思いました。

大阪の衛藤さんのお話、嬉しいです。大阪の人って、そういう方が多いです。
これまた私の経験談ですが、震災後食べ物がなくて、リュックを背負って大阪まで買いだしに出かけました。
そうしたらリュック姿を見たお店の方が、「わざわざこんな所まで買いに来たんか?これ持って行き!」とたくさんの食べ物をタダでくれました。
そして衛藤さんと同じように「今度なんかうちらが困ったら、あんたらに助けてもらうから」と笑顔で言われました。

そんなことを思い出しました。
長々とすみません。

言蔵さん、無理しないで、軟張ってくださいね!

ゆんこ #- | URL
2011/03/23 18:46 * 編集 *

言蔵さん,こんばんわ^^

あっ、ゆんこさんもきてるっ(^^)v

ゆんこさんは阪神大震災を体験していて
ほんとに
ほんとの
言蔵さんの気持ちがわかるのは、ゆん子さんだと思います。

おふたりの話を読ませていただいて
なんだか、とてつもなくすごい話を聞けたように思います。

与える側のわたしたちも
実は生活困難に陥っていて
一人一人の心が荒んできてしまっています。

どうしてなんだろう?って
どうしてこんなに
被災している人たちに元気を与えなければいけないのに
みんなどうして奪い合っているんだろうって・・

今こそ
人間の品格が問われる時なのに・・

だから
言蔵さんやゆん子さんのような
被災者の方の生の声を
みーんながもう一度聞いて(読んで)
原点に立ち返らなきゃなって
わたしはおもいました。

ちぃ #- | URL
2011/03/23 19:58 * 編集 *

ゆんこさん、はじめまして!

コメント、ご訪問ありがとうございます。

ゆんこさんも宝塚市で阪神大震災を経験されていたのですね。
そんなゆんこさんにコメントしていただけるとは
言蔵も勇気倍増です(^^)

> ホームの方にお怪我はなかったでしょうか。認知症の方が、地震のことを忘れてしまうという話、ある意味では幸せなことかもしれませんね。

ある意味では・・・ですが、
短期的な記憶が全くないので、
目の前の不可解な出来事に戸惑い、不安になりやすいのです。
なぜ、こんなことが起こるのか全く身に覚えがないので、
ショックであり、常に不可解な気持ちで過ごしがちなのです。

> 私も阪神大震災を宝塚市で経験しました。
> 水道が止まってしまったのに、ある日道路の割れ目から水が噴き出していました。
> 近所の人達にも知らせて、みんなでお鍋に汲みました。
> でも・・・すぐに市の水道局の人が来て、穴をふさいでしまったんです。(涙)

私は、2,3日前まで、地面からガソリンと灯油が噴き出してほしいと思っていました。
それほど、ガソリン、灯油が手に入りません。

> その間助けてくださったのが、仙台市水道局の給水車です。遠くから本当にありがたいと思いました。

そんなところで、仙台市水道局が活躍しているとは、
全く知りませんでした。とてもうれしいお話です。

> 大阪の衛藤さんのお話、嬉しいです。大阪の人って、そういう方が多いです。

ゆんこさんの大阪での体験と言い、衛籐さんのお話しといい、
大阪の人々の情の厚さに感動です!

衛籐さんではありませんが、
もし、いつか遠方で不幸な出来事が起こった際には、
できる全力の援助ができればと思っております。
そして、その前に目の前にいる高齢者や障害者のために、
今はがんばっていくつもりです。

どうしても、現場は火の車で、
ブログの更新も不定期になってしまいがちですが、
たまに遊びに来てくださいね。

ゆんこさんのコメントを読んで、
何やら心が緩やかになりました(^^)~

ありがとうございました。

言蔵(ゲンゾウ) #- | URL
2011/03/23 21:53 * 編集 *

ちぃさん、ありがとうございます。

どうも、ようこそちぃさん(^^)

> ゆんこさんは阪神大震災を体験していて
> ほんとに
> ほんとの
> 言蔵さんの気持ちがわかるのは、ゆん子さんだと思います。

ほんとですね!
ゆんこさんのコメントを読んでいるうちに、
心が穏やかになっていきました。不思議ですね。

> 与える側のわたしたちも
> 実は生活困難に陥っていて
> 一人一人の心が荒んできてしまっています。
>
> どうしてなんだろう?って
> どうしてこんなに
> 被災している人たちに元気を与えなければいけないのに
> みんなどうして奪い合っているんだろうって・・

そうですね、首都圏でも放射能が水道水から検出され、
またまた今度はスーパーから、水が亡くなっていますよね。
ですが、今回の被災直後の日本人の行動は、
世界の人々を驚かせ称賛されている部分もあります。
そのことについても、いつかブログで取り上げられたら、
と思っています。

> 言蔵さんやゆん子さんのような
> 被災者の方の生の声を
> みーんながもう一度聞いて(読んで)
> 原点に立ち返らなきゃなって
> わたしはおもいました。

ありがとうございます!
私は今度の震災で、人の心の温かさ、強さ、
家族や友人のありがたさ、
食べ物や水のありがたさ、
ガソリン、灯油、電力、ガスのありがたさ、
そして命の尊さを痛感しました。

ちぃさんのご活躍も応援していますね(^^)

どうしても、現在、施設の現場は火の車で、
ブログの更新も不定期になってしまいがちですが(前からそうですが、汗)、
更新がんばってまいりますよ。

ありがとうございました。

言蔵(ゲンゾウ) #- | URL
2011/03/23 22:11 * 編集 *

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2011/03/21 23:49

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