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消費者金融と銀行
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あなたさえも知らない、本当の自分と未来に出会うために、
時に雨に打たれながら、時に星空を見上げながら、歩いていこう・・・
そんなあなたを見て、必ずその後について来る人がいるから。
その後に、誰も知らなかった新しい道ができているから。



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東日本大震災が起こったあの日 【7】 


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「 命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。
  しかし、
  苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、
  助け合って生きていくことが、
  これからの私たちの使命です。       」


               宮城県気仙沼市階上中学校答辞より



上の写真は、私が数日前に撮影したものです。

また、以下にお見せする写真の全ては、
私が撮影したものです。

今回は、私が直接見てきた、
東日本大震災(東北関東大震災)の姿をお伝えしていきます。



ところが、

私は悩みました。

最も被害の大きい地域に赴き、
命が助かった自分が、徘徊したり、写真を撮ったり、
それが亡くなった方や家を失った方に対して
失礼にならないかと・・・

ですが、

この世界最悪とも言われる大震災の爪痕を直に見て、
日本人として決して忘れないように、
生きている自分が、直接見ておかなければならないと思いました。

子孫や後世に伝えられる生きている自分が、
この惨事を、いま自分の目で見ておかなければならない。


そういった思いの方が強かったのです。

私はジャーナリストではありませんが、
言葉だけではなく、画像という形で、
見てきたこと感じたことも綴っていきたいと思います。


私の住んでいる自宅から3キロほど移動すると、
このような風景が広がっています。
車で数分ほどの距離になります。


CIMG3603_convert_20110401223230.jpg


行ってみて、まず驚いたのがこの風景、惨事・・・

直に見ると、その悲惨な状況に言葉も出ません。
筆舌に表しがたい・・・とはこのことです。

そして驚いたのが、海から数キロ離れているにもかかわらず、
潮の香りが一面を覆っていました。

海の香りがするのです。

しかし、いい香りではありませんでした。
なにか、くすんだような、錆びた濁った匂いが辺りに立ち込めます。

田んぼから、道路から、敷地まで全てが海水に犯された証拠でした。

少し行くと・・・

道路が遮られています。


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数キロ離れた、防風林の松かもしれません。
どこから流れてきたのか、
長い路上に無数に松の大木が横たわっています。

ふと、田んぼの方に目を向けると、
どこから来たのか・・・その田んぼの真ん中に車があります。


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この車も、道路に不自然に横たわっています・・・。


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少し進むと、車がいたるところに横たわっています。

車上荒らしでしょうか。それとも津波の衝撃でゆがんだのか、
ドアが不自然に曲がっています。


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また、いくつかの車には、
後からガソリンが抜き取られた(?)形跡が見てとれます。


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頑丈な鉄骨が、無残に折れ曲がっています。


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少し進んでいくと、海に近付いていきます。
海の近くの住宅街だった場所です。

そこには何も残っていません・・・。

何があったのかすら分かりません。


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ものすごい、地震と津波の威力です。
緊急援助隊として現地で働いている知人が、
「原子爆弾が落ちたのと同じ・・・」
と言っていましたが、そうとしか表現できない景色が広がります。

人の声も、車の音もなく、異常に静かです。
たまに聞こえてくる、ヘリコプターの推進音だけが、
妙に殺伐として響きます。


右隅に、玄関のタイルが見えます↓
その土地の高さから、えぐられるように地面が沈下(?)しています。
地形が全く変わっています。

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家の基礎ごと移動してしまっています↓
信じられない津波の力です。

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さらに進むと、浜辺につきました。

何もなかったように・・・、静かな風景です。

寄せては返す波の音だけが、静かに時を刻んでいます。


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しかし・・・

後ろを振り返ると、

浜辺近くの鉄製の柵が、全て陸の方に倒れ掛かっています。
津波の力の凄さを物語っていました・・・。


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そのすぐ側には防風林があります。

直径30センチもあろうかという松が、
引き裂かれたように折れています。
津波の信じられない威力が伝わってきます。

どの防風林の松も、陸側に折れて倒れこんでいます。

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海にほど近い、美しかった川は一変し、
多くの瓦礫に覆われていました。

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私は、実際に現地に行き、
本当に起こった現実を受け止めることができました。

願わくば、この出来事がもう二度と起こることのないように祈るとともに、
この出来事は、規模の大小はあれども、
日本の沿岸どこにでも、起こり得る現実なのだと、深く考えさせられました。


仙台藩初代藩主、伊達政宗公は、この出来事を高いところから、
どう感じて、どんな思いで見ているのでしょうか・・・。

そんなことも感じてしまいます。



今回の東日本大震災は、

私たちに大切なものを気付かせてくれました。
また、この地球上で生きていくための教訓を得ました。

しかし、

その代償は、あまりにも大きく過酷なものです。

今も福島第一原発の状況は、予断を許しませんし、
多くの行方不明者は未だにその所在は分かっていません。

そして、避難所生活は長引き、
あまりにも多くの人々の雇用、医療、生活、メンタルの問題を
抱えたまま時が流れています。

多くの人々からの、物資、金銭、労働、心のありがたい援助をいただきながら、
時間はかかっても、復興に向けて歩むしかありません。

阪神淡路大震災をはじめ、多くの災害を乗り越え、たくましく生き、
東北に多くのありがたいお気持ちを伝えてくれる全国、世界中の人々。
痛みを共有し、共に涙を流してくれる多くの人々。
痛みを行動力に変え、多くの愛とパワーを送ってくれる人々。

本当にありがたく思っています。



気仙沼市のある中学生の答辞です。






私たちは、この出来事を決して忘れない。
私たちは、この出来事を通して初めてわかったこと、
初めて感じた多くのことを忘れない。



今後は、生かされている感謝を胸に、笑顔を取り戻し、
本当に苦境の中にある多くの方々と共に、
復興というよりは、開拓する志を持って進んでいければと思っています。





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カテゴリ: 東日本大震災が起こったあの日、私は・・・

テーマ: 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~ - ジャンル: その他