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消費者金融と銀行
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その後に、誰も知らなかった新しい道ができているから。



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東日本大震災が起こったあの日 【4】 


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「 遺体を確かめなければ、
   心の整理が付かない。
    母が亡くなったということが
      現実とは、信じられない 」




東北関東大震災、大津波の被害から5,6日も過ぎると、
徐々にライフラインが回復して来ます。
いちばん最初に回復してきたのが、電気です。
その次に、水道が徐々に回復してきました。

しかし、ガスの供給はストップしたまま、
ガソリン、灯油の入手が困難な状況が続きます。

街のスーパーや個人商店も、
不定期ではあるものの、
時間限定で開店する様子が見られてきました。

老人福祉施設にも、自治体から、
また地域住民から、救援物資をいただき、
あるいは、独自に調達が可能となってきました。

しかし、それは被害の比較的少ない地域での話。

沿岸部の街は跡かたもなく、
住んでいる街、ふる里が瓦礫と泥に覆われた
荒野に姿を変えていました。

私の職場でも、
5,6日経っても、家族と連絡が付かない、
行方が分からない。

そんな状態で、痛みを抱えながら、
目の前の高齢者のために懸命に働く姿が、
いたたまれなく、かける言葉も難しい状況でした。


同僚のある若い女性職員は、母が未だに行方不明・・・。

津波があ襲ったその時、
宮城県のある沿岸部の町を車で移動していたことは突き止めました。

彼女の父親が、すぐにその町へ向かい、
避難所を回り、聞き取りをして懸命に捜索しましたが、
その足取りはつかめません。

ただ見つかったのが、
無残にも朽ち果てた、彼女の母親が乗っていた車だけでした。

中には、母親の姿はなく、
津波が襲ったその時、何が起こったのか・・・
想像だけが、彼女の心を締め付けます。



私の知り合いの解体業者の方が、
緊急援助部隊の一員として、
被害の甚大な地域で働いています。

その方が曰く、

「原子爆弾が落ちたのと同じ・・・、地獄を見てきました」

暗い表情で、語ってきました。

瓦礫や壊れかけた家屋、建造物を撤去するのが彼の役目なのですが、
撤去を進めていく内に、
偶然、変わり果てた遺体を発見してしまうそうです。
ひどいと、その原型をとどめていないこともあるそうです。

その惨状は、現地にいるにも関わらず、
私の想像をはるかに超えていました。


ある、援助活動の様子です↓





この瓦礫の中から、行方不明者を探すことは容易ではありません。

そして、


未だにその瓦礫の下で、
見つけてくれる家族を待って、
眠ったままの大切な人々が数多くいることを知りました。


それでも私の同僚である彼女は、
今日、他の家族とともに現地に向かっていきました。

私は彼女にどう声をかけていいのか迷いましたが、

「どこかの避難所にいて、連絡が取れないだけかもしれない」

そう声をかけました。

彼女は、

「遺体を確かめなければ、心の整理が付かない。
 母が亡くなったということが現実とは、信じられない。
 遺体もなく、遺品もない状態では、とても母を供養できません。
 なんでもいい、せめて、母の形見になるものがほしい・・・。」


彼女は目に涙を浮かべて、ある覚悟を持って現地に向かっていきました。


生き残った私たちは、
生き残った意味、役割を噛みしめて生きていきたい。

生きようとして、生きていけなかった、
多くの愛する人たちの聞こえない声に耳を澄ませたい。




地震による混乱は留まることを知りません。

放射性物質、電力問題、地域の孤立、食料、水、ガソリン不足、メンタルケア・・・

ささやかなことでも、私たちにできることをしていきたい。


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次回に続きます。



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カテゴリ: 東日本大震災が起こったあの日、私は・・・

テーマ: 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~ - ジャンル: その他