消費者金融と銀行
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  ●●● ~忘れられない名言~ 感動映像 ●●●

あなたさえも知らない、本当の自分と未来に出会うために、
時に雨に打たれながら、時に星空を見上げながら、歩いていこう・・・
そんなあなたを見て、必ずその後について来る人がいるから。
その後に、誰も知らなかった新しい道ができているから。



■ これまでの「名言感動映像」はこちらです。
■ 管理人の仙台での「東日本大震災」の体験記はこちらです。
■ ブログ『はっぱの笑子らいふ(はっぱのえこらいふ)』さんの
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死の前日、あなたは何を思いますか? 


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「 あなたが虚しく過ごした今日という日は、
    昨日死んでいった者が、
      あれほど生きたいと願った明日 」


                         趙 昌仁

■趙昌仁:韓国の作家。代表作として白血病に冒された息子を持つ
     父性愛の物語『カシコギ』が知られている。



人はいつ死ぬかわかりません。

しかし、場合によっては自分が死ぬ時がいつなのか、
わかってしまう場合があります。

重い病気にかかり、死を宣告された時や、
法律に基づいて死刑を執行される時や、
戦争などで軍の命令や義務で自らの命を犠牲にしなければならない時、
などの場合です。

その自らの死の時を知る者は、
死を迎えようとする時、
生きているはずのない明日という一日を、
どう受け止め、どう感じているのでしょうか。

その思いは、私たちの想像の域を超える壮絶なものでしょう。

その人の境遇や死に至る経緯は様々で、一口には言えませんが、
人は生まれた瞬間から、生まれつき死にたいと思って生まれてくる者などいません。

明日の日を迎えられない、死を覚悟した人間でも、
本人も気づかない心の奥深くで、
本当は・・・

「もっと、生きていたい」
「一日でも多く生きていたい」

と願っているのではないかと思ってしまうのです。
そう願わずにいられないのが、人ではないのかと思ってしまうのです。

人は正確に、確実に、生まれた時から一日一日死に近づいています。

しかし、

あなたが生きている二度と来ることのない今日という日が、
どれほど素晴らしく意味があるものなのか。
世界であなたにしか体験できない明日という日が
どれだけの価値と可能性があるものか・・・


私たちは思い直してみる必要があります。

どんなに目の前の現実や未来が、
絶望や困難に満ちて見えても、
人は死ぬために生まれてきたのでもなく、
絶望するために希望や夢を持って生きているのではないと、
信じています。



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カテゴリ: 趙 昌仁

テーマ: 「生きている」ということ - ジャンル: 心と身体

人生の意味 


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「 意味が見つからないから
    良き人生を送れないのではなく、
       良き人生を送れないからこそ
             意味にすがるのだ 」
                   
                      
                        フリードリヒ・ニーチェ

■フリードリヒ・ニーチェ:ドイツ出身の哲学者、思想家。
        彼は著書の中で神の存在を否定し、
        運命も神も人間の創造物であるに過ぎないと説いた。
        19世紀の当時、神の存在は絶対的な不変の真理と
        考えられていた中、彼の様々な思想は後の哲学者、
        文学者に大きな影響を与えた。



悩みの深さの程度はあれ、
多くの人は生きていく中で、ある考えに立ち止まることがあります。

「自分は何のために生まれてきたんだろう」
「私の人生の意味って何?」

そして、その答えを探し求めていく過程で、
答えが見つからず、進退極ってくると、

「こんな人生なんて無意味だ」
「意味のない、存在価値もない自分は死んでしまったほうがよい」

といった答えを導いてしまうものもいれば、
宗教や思想に助けを求めていく人もいます。

人の生きてきた環境、境遇、それは様々で、
その人が導き出した答えに対して、
正しいとか間違っているとは簡単には誰にも言えません。

ですが・・・

「生きる意味」とは、言わば「人生の答え」ともいえます。
では、生きている途中で、なぜ「答え」がわかるのでしょうか?
そもそも「答え」とは、物事の最後に出る結論であって、
「答え」を知ってから、問題を解こうとする人はいないのです。


人生の意味がわからない・・・

そう思う自分がいたら、確かなことが一つあります。

あなたは「答え」を導き出したいと思っています。
「意味」を知りたいと思っています。
人生の「意味」がわからない、と言っているあなたは、
実は心の奥深くで、生きる強い意志があるからこそ、
「答え」を知りたくなっているのです。


難しいことは、さておいて
生きていきましょう。
人生を自分で選び、自分で判断し、その結果を楽しみにしましょう。

生き切ってみなければ、人間答えはわからないはずです。



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カテゴリ: フリードリヒ・ニーチェ

テーマ: 心に響く言葉・メッセージ - ジャンル: 心と身体

米のメシに生かされている 


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「 大地に向かって
    立ち小便をするな、
        ツバを吐くな 」


            アニマル浜口 『俺が気合を入れてやる』より

■アニマル浜口:元プロレスラー。ボディービル指導者。
        皆さんご存じの個性的な元プロレスラー。ボディービル指導者。
        闘将のニックネームで知られている。
        「気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!」の名言も有名。
        長女の浜口京子はレスリングのオリンピック銅メダリスト。
        世界選手権優勝者。


アニマル浜口氏は著書の中で、こう続けています。

「おまえたち、お天道様に感謝するなんて
年寄りのすることだとバカにしていないか」

彼はプロレス引退後、ボディービルダーとして指導者として活躍していきますが、
ボディービルの大会に出場するために、
短期間で減量する必要があり、壮絶な減量に挑みます。
この時、100kg以上あった体重を70kgまで落としています。

彼はその時のある気持ちをこう記しています。

「体重がある程度落ちて、もう多少は食べても大丈夫だというときがきた。俺は茶碗に半分くらいよそったメシを、一口でほおばった。涙が出るほどうまかった。米のメシというのはこんなにうまいものだったのか、と感じると同時に、なにかむしょうに感謝の心が起こったのだ。何のことはない、俺は米のメシに生かされていたんだと気づいた。そして、空気がなかったら生きていけないじゃないか。太陽エネルギーがあるから生きていけるんだ、というように考えられるようになった。
 感謝するという気持ちが生まれてくると、これまで自分が生きてきたなかで、色々な人に世話になり、たくさんの人のおかげでこれまでやってこれたということもわかるようになった。」

この後、彼はシニア部門で優勝を果たします。


人は失って初めて、そのものの大切さに気付く、とよく言われるように、

普段私たちは何に支えられているか、
何のお陰で生かされているのかを、
深く考えることも、感じることもなく過ごしていることが多々あります。

太陽、大地、空気、水・・・

家族、友人、健康、お金・・・

あなたが朝、目を覚ました時に必ずあるその当たり前のものは、
本当に当たり前のものでしょうか?


明日も明後日もその当たり前のものは必ずありますか?

10年後、20年後、その当たり前の物は
朝、目を覚ました時にあなたの傍にあるでしょうか?

失ってからその大切さに気付くことは、
人生にとって大きな意味があることですが、

日ごろから心の中に感謝のリストを持って意識して生きていくことで、
今この瞬間、自分が生きていることの奇跡、大切さを感じることができます。

不思議なことに、
人生は、感謝を忘れている人に何かの出来事を通じて警告を出します。

暴飲暴食をする人には、「病気」を通じて、
健康に対する感謝を忘れていることを本人に知らせようとします。

人の心を踏みにじったり、傷つけたりする人には、
「人間関係のトラブル」や「別れ」などを通じて、
恋人、妻、親、友人などに対する感謝を忘れていることを
本人に知らせようとします。

「感謝すること」

もっとも大切なことではありますが、
もっとも忘れてしまいやすいものでもありますね。

感謝に関しては、ここでは書ききれないほどの思いや体験があります。
また別の機会にお話ししたいと思います(^^)



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カテゴリ: アニマル浜口

テーマ: 心に響く言葉・メッセージ - ジャンル: 心と身体

愛するということは・・・ 


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「 愛するということは
   お互いを見つめ合うことではなく、
     ともに同じ方向を見つめることだ 」


                        サン・テグジュペリ

■サン・テグジュペリ:フランスの作家。パイロット。
           「星の王子さま」の作者としても有名で
           日本人にも広く知られているフランスの作家の名言。



私たちはとかく、
誰かを愛するということは、
相手に情熱を傾け、幸せにすることだと思いがちではないでしょうか?

もちろん、相手を虐げ、
相手の心を踏みにじっているようでは、
それは愛する以前の問題です。

サン・テグジュペリは言います。

「ともに同じ方向を見つめること」

いくら、その人を愛している情熱があっても、
その人と、同じ志で、何が待っているかも分からない道を
傷つきながら、迷いながらも共に歩いていけるかを
「愛」の定義に照らし合わせているのです。


しかし、

人間はその内側にある考え、特性、価値観を変えることは容易ではありません。

ある日偶然出会った異性や、
家族、兄弟、友人、同僚・・・

そういった異なった一人の人間と人間が、同じ方向に顔を向け、
その二人が同じ方向をずっと見つめ続けること、
これがいかに困難で、しかしいかに尊いかをこの言葉は語っています。

夫婦関係、恋人関係でのすれ違いや対立、
人間関係のしがらみや葛藤、

そんな人間関係の中でも、
人は人を好きになってしまいます。

「好き」が「愛」に変わろうとする時、
人は引き返すことができない困難な道に、一歩踏み込み、
それが「愛する」ということなのか、
試されているのかもしれません。




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カテゴリ: サン・テグジュペリ

テーマ: 愛のかたち - ジャンル: 恋愛

人は誰に勝たねばならないのか 


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「 人生は、他人を負かすなんて
    ケチくさい卑小なものじゃない 」
             
                
                        岡本太郎

■岡本太郎:芸術家。現代美術にも大きな影響を与えた巨匠。
      大阪万博の太陽の塔の作者としても有名。


その、彼の名言の一つです。

人類は、狩猟生活、戦国時代から現代に至るまで、
多くの戦いの中に身を置いています。

その戦いの相手は、ライバルであったり、
仇であったり、目の前にいない誰かだったりします。

現代でいえば、
会社の中の同僚、同業者、
恋のライバル、
人間関係の中の敵対者、
芸能や技能、技術、知識を競う相手・・・

様々な競争相手が日常にひしめいています。

一人に勝てば、またライバルが現れます。

誰かに勝つことが、その人の存在意義であった場合、
その人は勝ち続けなくてはなりません。
負ければ、その時その人の存在意義はなくなります。

誰かと競い、戦い、勝つことで、
優越感や達成感、ステータスが得られるとしても、
それは刹那的で、一時の自己満足でしかない。

メジャーリーガーのイチローは、
誰かを目標(ライバル)にしたり、
記録(ステータス)を意識して打席に立つことはないと言っています。

あなたが、本当に喜びと情熱を注ぐ何かに力を尽くす時、
そこにライバルは誰も存在しないのかもしれません。
戦う必要がないのかもしれません。


もし、戦う必要があるとすれば、
情熱と喜びに力を注ぐ自分を疑う自分と、戦う必要があるかもしれません。


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カテゴリ: 岡本太郎

テーマ: 哲学 - ジャンル: 学問・文化・芸術

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