「 人生を変えたあの言葉 〜忘れられない感動の名言〜 」


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骨となって一生を終えるのだから
2010/11/19 00:30





「 何でも思い切ってやってみることですよ。
   どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、
      骨となって一生を終えるのだから   」


                         坂本龍馬

■坂本龍馬:土佐藩武士。同藩を脱藩した後、
      薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力。
      倒幕、さらに明治維新に影響を与えた幕末の志士。
      日本人の好きな歴史上の人物で、
      必ずベスト3に入る日本歴史上の好漢。



冷静になって人の生き死にを考えた場合、
まぎれもなく人は「生き物」であり、
自分の周りにある草や木や、虫や動物・・・
それらと何ら変わりもない存在です。

虫の死骸は、他の虫の大切な糧となったり、
木や草花を育てる大地の大切な栄養源となったりします。

その過程で、生きていた虫は、
まさしく「土になる」「大地に帰る」訳です。

人も同様、亡くなれば自然に帰ります。
違う言い方をすれば、科学的に分解されて、素粒子(原子)となり、
自然界のひいては宇宙の自然エネルギーの一部となります。

宗教や文化、思想の違いから、
「死」に対する考え方は様々です。

ですが、

どれだけ「死」を科学的に分析しようとも、
宗教、思想を持って解釈、理解しようとも、
共通した真理があります。

それは、

あなたが死んだ後、
たとえ生まれ変われるとしても、
火葬され炭素の塊となろうとも、
誰かの心の中に生き続けようとも、

今生きているあなたが考えていること、
情熱や思いを持って行動していること、
生きているあなたが呼吸していること、

それらは「死」を境にして
二度と戻ってくることない
かけがいのない「生」の瞬間の連続である、

ということです。

全く同じ瞬間を、科学も大自然も神様も
二度とは再現してはくれないのです。

このことを、
言葉として、理屈として理解している人もいます。
また、経験をもとに「感じる」という形で知っている人もいます。

どちらでも素晴らしいことだと思います。


「野辺の石ころ」となる前に、
「なんでも思いきってやってみる」


強い意思、情熱を持った多くの有能な「生」が
はかなく散っていく幕末の時世を見て、
坂本龍馬は、「生」と「死」を感じることで、
大きな偉業を成し遂げられたのかもしれません。

私たちも心のどこかで、「生」と「死」の意味を感じているからこそ、
彼の生き方が私たちの心を掴んで離さないのかもしれません。

坂本龍馬は、まさにこの秋の頃、
慶応3年(1867年)11月15日に
33歳の若さで命を落としています。




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カテゴリ:坂本龍馬・

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